jyanjayakaの日記

はやめのリリース、しょっちゅうリリース

解析力学がもたらしたパラダイム

解析力学運動方程式という微分方程式をどうやったら簡単に解けるか*1を極限まで追求する学問である。物理の問題では適切な座標系を選ぶことによって変数変換を行い、それによって運動方程式をより簡単なものへ変えるという方法論が知られている。

では与えられた力学系についてどんな座標変換を考えれば良いか、それを見つける万能の処方箋はないだろうか?

我々が物理的考察によって何とか探していた座標変換は、実は方程式の数学的構造から見れば実に必然的に見えて来るものなのである。そこで運動方程式の数学的構造を分析することになる。したがってどうしても議論は数学寄りになるし、物理的な考察というものの出番もなくなりがちである。

 

ラグランジアンLは力学系の時間発展に関する全ての情報を持つ。Lは一般に多変数関数であるから、これは力学系を一つの多変数関数で記述することを意味する。このように「系をある一つの(多変数)関数で代表させる」というのが解析力学がもたらしたパラダイムである。ちなみに量子力学ではハミルトニアンという作用素Hに量子系を代表させる。解析力学パラダイムはしっかりと受け継がれているのである。

 

Lが持つ情報とは何か。Lは関数、つまり写像である。したがってLが持つ全情報とはLの引数とLの値との対応関係に他ならない。もっとも直接的にLの情報を表現する方法は、集合Gを

G=\left\{ \left( q_{1},\ldots ,q_{n},L \right) \right\}

と定義するものである。これは空間内のある曲面とみることができる。(ようは関数Lのグラフ。)

Lが具体的な式で与えられていれば、それがLの全ての情報を表している。なぜなら引数の値を与えれば、その数式に従ってLの値が求まるからである。数式がLの情報を持っているというのはこの意味においてである。

 

各々の組みq_{1},\ldots ,q_{n}に対してどんな数Lが対応するか。それを規定するのがLであり、関数Lの全情報はそこにある。

 

さて問題はLからどうやって力学系の時間発展の情報を取り出すかということである。それがまさしくラグランジュ方程式に他ならない。ラグランジュ方程式は関数Lのq_{1},\ldots ,q_{n}に対する依存性の情報を確かに利用している。実際ラグランジュ方程式

\dfrac {d}{dt}\left( \dfrac {\partial L}{\partial \dot {q}}\right) -\dfrac {\partial L}{\partial q}=0

であり

\dfrac {\partial L}{\partial \dot {q}}

\dfrac {\partial L}{\partial q}

はLの変数q_{1},\ldots ,q_{n}に対する依存性を表現している部分と言える。つまりLの偏導関数としてLの引数依存性についての情報を抽出しているのである。

 

力学系の時間発展は変数q_{1},\ldots ,q_{n}の時間発展に他ならない。知りたいのはその時間発展を規定する法則であった。ラグランジュ方程式は時間tについての関数の組みq_{1},\ldots ,q_{n}ラグランジアンLによって代表される力学系の時間発展を表現するのであれば、それらはラグランジュ方程式を満たすということを表している。これは静的な表現であるが、動的に言えばラグランジュ方程式の各qに関数を代入して式が成立するということだ。

 

ラグランジュ方程式の面白い点は、それが座標変換によって形式が変わらないということである。

座標変換によって新しい座標系に移ると、当然力学系を記述する変数の組みも変化する。従ってラグランジアンも変化する。なぜか。力学系がある瞬間にある状態Aであったとする。座標系XではそれをXという変数値で表現し、座標系YではYで表す。ラグランジアンの値は系の状態Aに対して定まるのであるから、座標系Xにおけるラグランジアンは数の組みXに対してLという値を対応させる。一方で座標系YにおけるラグランジアンはYに対して同じLを対応させる。一般にXとYは異なる。(でなければ座標系X,Yは実は同じ座標系であったというオチになる!)であるから二つの座標系におけるラグランジアンLもそれぞれ異なる関数ということになる。

こうして導入する座標系によってラグランジアンは変わるのであるが、時間発展の情報は常にラグランジュ方程式によって取り出せるというのである!

これは一体なぜなのか?

もちろん、計算すればそうなるとか、そういうことが成り立つようにラグランジアンを定めたのだという「説明」をすることは可能である。しかし、知りたいのはそういうLが存在する理由である。

「座標系に依存せず・・・」

といえば、これは幾何学ではないか。あるいは多様体だ。

物理学では常に座標系の存在がバックグラウンドとして仮定されているが、実は座標系というのは物理法則を記述する上で絶対に必要という訳ではない。実際洗練された数学を知っているならば、そこでは座標系の存在を仮定しない形式で物事を議論する方法がある。

Lは本来力学系の状態そのものに対して数を対応させる写像である。*2関数ではない。関数は数に対して数を対応させるものだ。力学系の「状態」は座標系を導入することで数の組みとして表現可能であるとしても、それそのものは数ではなく、何かある実体である。

座標系を導入することによってLは(多変数)関数というある意味で扱いやすい対象となる訳だが、そこで失われたものは大きい。我々は常に座標系の存在を前提とせねばならず、座標系は物理法則に関係のない人間が勝手に定めた恣意的な存在であるがゆえに、それが足枷になってしまう。物理法則は本来座標系に依存しない形式で表現されるべきなのだ。これは一般相対性理論でも出て来る話であるが、何も重力を持ち出さなくても、これは当然言えることなのだ。一般相対性理論が物理を幾何学的に表現していったのはそう思えば不思議ではない。なぜなら座標系不変な性質というのは幾何学的対象=多様体が持つものであるから。

こうして物理を座標系に依存しない形式で記述したいという欲求が生まれる。しかしそれを実際に実現するためには洗練された数学的道具(多様体etc...)が必要であるため、深くは立ち入れない。*3

実のところ、座標系に依存しない形式に近い方法論はある。それが変分原理である。変分原理は相空間における力学系の状態遷移を表す曲線上でラグランジアン積分した作用は最小化(数学的厳密性が好きなら停留点)されよという哲学を持つ。

 

座標変換は変数変換を引き起こすが、変数変換は一般に座標変換ではない。座標変換はあくまで座標の変換である。一方で、方程式を純粋に数学的に眺めてみた時、変数変換を座標変換に制限する必要性はない。物理的に「座標変換」という意味を付与できない変数変換であっても、数学的にはなんら問題なく考察の範疇に含めることができる。これが数学的思考の利点である。

このような方向に議論を進めてゆくと、ハミルトニアンに到達する。

*1:微分方程式が解けることを可積分と言ったりする。

*2:量子力学におけるオブザーバブルは、量子系の状態ベクトル空間上の線形写像である。議論が似ているのは気のせいだろうか?

*3:多分シンプレクティック幾何学はここら辺の議論をもっと数学的に理論化して進めていったものではないのだろうか・・・。